2016年11月
咬み合わせと肩こり
以前に、「咬み合わせが顎関節症の原因となる明確なエビデンスはない」と書いたが、咬み合わせと肩こりとの関係、となると話は別だ。こちらは大いに関係がある。自分の臨床においても、早期接触が見られたため咬合調整を行ったところ、それまで続いていた肩こりや首の痛み、頭痛が翌日にはうそのように消失し、施術した次の受診日に、”一体あれは何だったんでしょう”、と患者さんからおっしゃっていただいた経験を何度もしている。それくらい、咬み合わせの不調和がもたらす筋緊張は若干の咬合調整により、短時間で症状がとれる。
それはなぜかというと、咬み締めとは下顎を閉じる筋肉が収縮して上顎歯列と下顎の歯列が、咬む面の凸部と凹部がうまくはまり込む形で、多くの接触面積でもって上下の歯列が安定して接触する状態に他ならない。この時の下顎のポジションのことを咬頭嵌合位と呼ぶが、この咬頭嵌合位に向けて、筋肉が楽に収縮して、下顎閉口路の最終位置として、下顎がそっとそこにはまり込めば問題はない。この状態の下顎の位置は、下顎の筋肉が決定することから、筋肉位と呼ばれることもある。ところが、下顎が楽に筋肉位をとりながら、そこが咬頭嵌合位でない場合、最終的な歯の咬む面の接触に至る以前に、特定の歯が他の歯より一瞬早く接触することがある。この時、下顎はこの早期接触を避けるように、筋肉収縮が導くところの本来楽に収まる位置ではなく、少しずれた位置で咬頭嵌合位を持つことになる。筋肉の楽な収縮が導く位置でない位置に咬頭嵌合位がつくられる場合、下顎は余分な運動を強いられるので、筋肉も余分な収縮を強いられ緊張してしまう。顎を閉じる筋肉に起こるこの緊張が、肩こりを引き起こすのだ。
顎を閉じるときに働く筋肉に生じた過剰な緊張は、”筋膜連鎖”により周囲の筋肉に緊張が連鎖する。首や肩、背中へ緊張は伝わり、場合によっては、腰や下肢までその緊張は連鎖する。頸部の筋肉の緊張は、”関連痛”のメカニズムにより、頭痛として認識される。これが、咬み合わせの不調和で肩こりや、首のこり、頭痛が起るメカニズムだ。この辺のところは、本HP内のDentistに詳しくアップしておくので、また読んで行って欲しい。
歯周治療と矯正治療
今日のテーマは歯列不正と歯周病の話だ。歯列不正は歯周病の増悪因子になり得る。歯列不正はプラークリテンションファクターと呼ばれるいくつかのプラークを歯列に停滞させる要因の一つだ。ついでに言及しておくと、その他のプラークリテンションファクターとして、歯石、歯肉歯槽粘膜部の形態異常、不適合修復・補綴物、歯の形態異常、食片圧入、口呼吸、口腔前庭の異常、歯頚部う蝕、歯周ポケット、などがあげられる。歯列不正の歯は、通常のブラッシングでは隣接面のプラークが取り残されるので、確かに歯周病が進行しやすい。これに対する最も根源的な対処法は歯列矯正だ。歯列を整えることでブラッシングの効果を高め、プラークの停滞を改善することは大いに有意義と考えられるので、最近では、歯周治療の一環としての矯正治療が、結構、行われるようになっている。
逆に歯周病が歯列不正を引き起こすこともある。例えば、「フレアーアウト」と呼ばれる歯周病が原因で起こる歯列不正がある。「フレアーアウト」とは歯が動揺をきたした結果、咬合力により前方に傾斜移動して「出っ歯」になり、かつ上顎の各前歯がばらけてすいてくる状態をいう。これは歯を支えてきた歯槽骨が歯周病で減少し、歯が移動した結果生じる。この状態を矯正治療で元の歯列に戻すことは可能だ。
歯列不正は歯周病の原因にもなるし、歯周病の結果にもなる、ということだ。ところで、歯周病の結果、移動してしまった歯を元の状態に戻すには矯正治療が必要だが、通常の矯正治療に比べて移動させやすいのではないかと考える。逆に言えば、力をかけ過ぎれば抜け落ちてしまうのかもしれないが、弱い力をかける分にはたぶん大丈夫な気がする。やったことがないが、今後の自分の臨床のレパートリーに加えたい気持ちは大いにある。これから、矯正治療、特に歯周病にフォーカスした矯正治療を勉強していこう。
喫煙と歯周病、およびインプラントとの関係
今日のテーマは喫煙についてだ。喫煙が健康に良くないことは、ほとんどの国民が、一応、常識として知っていることと思う。呼吸器疾患はもとより、動脈硬化や癌などの発症と強く関係することは、よく知られている。ところで、喫煙と歯周病やインプラントとの関係についてはどうだろう?実は、喫煙は歯周病のきわめて重要なリスクファクターであるし、インプラント治療の予後を悪くする決定的な因子であることをはたして、ほとんどの国民が知っているだろうか?
実は、私自身も口腔外科専門医であるにもかかわらず、かつてタバコが歯周病の進行を大きく加速させることを知らなかった。それを知ったのは、歯周病専門医の資格をめざして本気でペリオを勉強し始めてからだ。だから、喫煙が歯周病やインプラント治療の予後に多大な悪影響を及ぼすことを、多くの国民はまだ十分知らないのではないかと想像している。
さて、喫煙習慣は歯周病に決定的に悪影響を及ぼす。ニコチンは末梢循環を不良にするので、生体の修復に必要な血流が阻害され、破壊された組織の修復能が低下し、治癒が悪くなる。だから、あらゆる治癒が必要となる局面で不利に働くわけだ。GBRをしても思った通り骨が出来ない。インプラントを入れても、期待した時期になってもオッセオインテグレーションが起こらない。
このように、歯周治療やインプラント治療において、患者さんにとって非常に不都合なことが起るので、日本歯周病学会編 「歯周治療の指針2015」においては、『禁煙者の歯周治療には禁煙が必須であることを十分説明し、必要に応じて禁煙外来や他の医療機関と連携しながら患者の禁煙を支援する必要がある』と明記されている。また、日本口腔インプラント学会編 「口腔インプラント治療指針2012」においても同様に、『1)喫煙者は粘膜に慢性の炎症が存在し、粘膜創の治癒不全が起る。そのため非喫煙者と比較してインプラント治療の成功率は低いことが報告されている。 2)喫煙は歯周病を悪化させる。喫煙を継続すると残存歯の歯周病が悪化し、インプラント周囲炎やインプラント周囲骨の吸収を起こす可能性が高くなる。 3)喫煙経験年数と1日の喫煙量、タバコの種類、喫煙にあわせ飲酒習慣の有無を調査する。インプラント治療に先立って禁煙指導をする』と、やはり禁煙指導が必須であることが明記されている。
歯周治療やインプラント治療を受けて、本気で口腔機能を清潔・快適な状態に向けて改善したいなら、患者さんは頑張って禁煙をするべし、ということだ。
下顎のインプラント傾斜埋入は、マージナルボーンロスを招く
前回、インプラントの傾斜埋入は内部ストレスを高める、と書いた。今回は、インプラントの傾斜埋入は、インプラント周囲のマージナルボーンロスも引き起こすことを書きたい。下顎の歯槽堤増大術をインプラント埋入に先立って施行した部位にインプラントを傾斜埋入した場合、特に舌側、あるいは遠心側に傾斜させて埋入した場合、マージナルボーンロスが顕著に出現するとの報告がある(1)。
たしかに、傾斜埋入は、通常のインプラント埋入が困難な場合であってもインプラントの適応を可能にするので、実際の臨床の場でその適応を試みる臨床家の心理は十分理解できる。この世の中にはパーフェクトなものなどないという観点に立てば、多少のネガティブ要因と、インプラント適応がもたらすポジティブな効果とを比較して、傾斜埋入もよし、とする価値判断もあっただろう。しかし、インプラント周囲炎の問題がこれだけ取沙汰されている現在、マージナルボーンロスを惹き起こすことが明らかとなった著しくインプラントを傾斜させる埋入法は、現在ではもはや容認されにくいだろう。
したがって、All on four は当院では行っていない。
参考文献:
傾斜埋入されたインプラントは、傾斜角に応じて内部ストレスが増加する
自分はインプラントの傾斜埋入は好まない。自然の歯を代償するべく登場するからには、自然の歯と同じく、”真っ直ぐ”に生えるのが最も生理的状態であろうと信じるからだ。不自然なものを体内に入れてはいけない。これは自分の感性に基づく判断だ。
傾斜埋入は、時に臨床的にインプラントの適応を容易にする。垂直埋入では重要な神経、血管や上顎洞などに到達する場合、傾斜させることでインプラントが顎骨内に無難に収まってくれるからだ。だから、一部の臨床家は傾斜埋入を戦略的なインプラント治療として、積極的に取り入れてきた経緯がある。しかし、自分はそれをしなかった。一番の理由は美しくないからだ。傾斜埋入されたインプラントのレントゲン写真をみると不自然で、醜悪と思う。だから、取り入れなかった。この感性は、自然界が正しいものに導くために用意したナビのようなものだと思っていて、生理的に受け入れられるものに従ってやっていれば大間違いはないだろうと思ってきた。
インプラントの傾斜埋入に対して理詰めで批判的な意見を言うと、傾斜の度合いに応じてインプラント内部のストレスが増加することがわかっている(1)。人間の感性に引っかかるものには何かしらの欠点があるということだろう。
参考文献:
モディファイド・オベイト・ポンティック
昨日、ポンティックに要求される要素のうち、清掃性とそれ以外の要素(食物停滞、発音、審美性)とは二律背反と書いた。しかし、最近になって、比較的ポンティックが必要な条件がバランスよく満たされているデザインが登場してきた。ポンティックに具備される条件の追求には歴史的変遷がある。初期のものは清掃性を重視したサニタリータイプと呼ばれるもので、このタイプは基底面を極端に粘膜面から離して全く粘膜に接触させない極端なもので、歯には見えない代わりに清掃性は抜群に良い。その反面、食渣の停滞や、発音障害、舌感の悪さ、そしてなんといっても最悪の審美性が欠点であり、今日の臨床の現場からは姿を消した。
比較的古典的なものはリッジラップ、モディファイドリッジラップであるが、両者とも粘膜に面する面が凹面であり、フロスによるデブリスの完全除去が出来ない。その後、1980年代に出てきたオベイトタイプは粘膜に向かって凸面を形成しているのでフロスによるデブリスの完全除去が可能となった点がすぐれている。また、唇面と基底面の隅角部が粘膜の中に埋もれこんでいるので、あたかも歯肉から歯が生えているようにみせることが出来、エマ―ジェンスプロファイルがリッジラップに比べて良好である。このオベイトの適応を可能にするためには、粘膜面をバーで削合し、窪みを作り出す必要がある。
今日紹介するものは、オベイトタイプをさらに改良したモディファイド・オベイト・ポンティックだ。基底面のカウンターが唇側寄りにあり、歯槽幅が狭くても適応可能である利点がある。ポンティック基底面および、ポンティックと向かい合う粘膜面の清掃もオベイトタイプに比べてより容易になっている。
以下に、モディファイド・オベイト・ポンティックの利点をまとめる。エマ―ジェンスプロファイルを適正に設定できる、機能的、清掃が容易、空気や唾液のリークを防止できる、歯間乳頭を温存できる、ブラックトライアングルを防止できる、リッジオーグメンテーションが不要。
と、まあ、いいことづくめということになる。
1a: リッジラップ 1b:モディファイド・リッジラップ 1c:オベイト 1d:モディファイド・オベイト 図は文献(1)より引用
参考文献
(1)J Esthet Restor Dent. 2004;16(5):273-81
Use of a modified ovate pontic in areas of ridge defects: a report of two cases.
ポンティックは根面カリエスとペリオのリスク因子
ポンティックの形態は重要だ。その形態の違いによって、清掃性や食渣残留、発音、審美が異なって来るからである。これらの要素はいずれも重要なのだが、清掃性への配慮は特に重要である。なぜなら、ポンティック下方の粘膜面には、たとえハイポリッシュされたセラミックであったとしても、そして口腔清掃が良好であったとしても、セラミック表面と粘膜表面にはわんさか細菌叢が存在することがわかっているからだ。その細菌叢を調べてみると、むし歯や歯周病の原因菌がしっかり存在する(1)。つまり、ポンティックはアバットメント(支台歯)のカリエスとペリオのリスクファクターなのである。
したがって、ポンティックの清掃をどのようにして行うかが問題だが、清掃性を重視すると、歯間スペースを大きく開放し、歯間ブラシがスカスカに通るようにすればよい。なおかつ、フロスをポンティック下方に通過させ、ポンティック基底面を吊り上げるように上方にテンションをかけながら近遠心的にぬぐうような作業をすればよい。しかし、歯間スペースを大きく取ることは、食渣の停滞、発音時の空気の漏れ、審美性の低下を伴うことになり、清掃性とそれ以外の要素とは二律背反となる。
参考文献:
Rom J Morphol Embryol. 2013;54(2):361-4.
Pontic morphology as local risk factor in root decay and periodontal disease.
Dina MN1, Mărgărit R, Andrei OC.Rom J Morphol Embryol. 2013;54(2):361-4.
ペリオは臨床的には治癒させられる疾患
歯周病は厳密な意味では治癒のない疾患であると以前に書いたが、臨床的には十分治癒する。快適な口腔内環境を継続的に維持することは可能だ。歯周病原菌を口腔内から絶滅させることはできないが、臨床的に問題となる症状を起こさない程度にその数を一定レベル以下に抑えておきさえすれば、それが可能となる。その方法とはそれほど困難なものではないが、要はそれをやるかやらないか、だけの問題だ。要するに患者さん本人のやる気の問題で、治りたいと強く願うのであれば、治る方向に向けて自助努力してくれれば結果は必ずついてくる。歯周病とはわけのわからない、複雑怪奇な病変ではない。ただの感染症の一種に過ぎないのだ。治癒に向かわせるその方法論はすでに明確になっている。
上の写真は、上段が治療前、下段が治療後の歯周病患者さんの口腔内写真だ。行った治療は、歯周基本治療と歯肉剥離ソウハ術のみであり、すべて保険の範囲内だ。歯周再生療法を用いなくとも、ここまではきちんと炎症を終息させられる。ペリオは臨床的には、十分、治癒させられる疾患である。
インプラント補綴は高精度が要求される
左の印象で起こした模型上で各アバットメントに接続したシリンダーをゆるく取り込むような剛性の高いメタルフレームを作製する。このメタルフレームはキャストではない。そして、試適の目的だけに製作される。口腔内で各アバットに接続したシリンダーを、フレーム内のホールに取り込む形とし、その状態で即重レジンを用いてそれぞれのシリンダーをメタルフレームと固定していく。この際、テンポラリーシリンダーとフレームを軽くレジンで固定していれば、スクリューでしっかりアッバットとシリンダーを締結した時点でシリンダーがフレームから外れれば、誤差の存在を示すことになる。ベリフィケーションインデックスとして使用できるわけである。
むろん、各アバットとシリンダーとの接続を、デンタルXPで確認しておく。
咬合平面へのこだわり
以前にも書いたと思うが、自分の臨床の中では咬合平面を重視している。これが正しく設定されないと咬み合わせに使われる筋肉の緊張に左右差や前後差が生じてしまい、その結果、頸椎が傾き、頭痛や肩こりを引き起こし、ひいては脊椎全体のアライメントを歪ませ、腰痛や下肢痛を引き起こしかねないからだ。
局所だけの治療で咬合平面の是正は出来ないが、全顎的治療ならばそれが可能だ。今回、右上臼歯部の2本のインプラントに上部構造を装着したが、上顎の補綴物に理想的咬合平面を付与することにした。対合、および反対側の上下臼歯の歯冠修復も今回、当院で再製する対象として治療をスタートした。すなわち全顎治療だ。