ジルコニアをめぐる根拠なき懸念

このように、最近になって目覚ましく進化、発展しているジルコニアセラミックスですが、以前からこの臨床使用に関して、ある懸念が臨床家の間でささやかれてきました。

 

その一つに、「ジルコニアは固すぎて対合歯を摩耗させる」というものがあります。この疑いに対しては十分な検証がなされ、現在ではエビデンスを伴って否定されています。確かにジルコニアは固いので、もしも対合と接触するジルコニア表面が「やすり」のようにギザギザになっていれば、確かに相手の歯の咬合面を摩耗させます。しかし、ジルコニア表面が本来の滑沢な面に仕上げ研磨されていれば対合歯の摩耗は全く起らないことが分かっています。むしろ、他の材料と比較して最も対合歯を摩耗させない素材であるという報告が多くなっています。

 

また、もう一つの懸念として、「ジルコニアは、硬すぎるので、ジルコニア冠は壊れなくても、そのジルコニア冠を乗せている歯を割ってしまう」というものもあります。こういった懸念の根底には、補綴物に強い力がかかった場合に、力が歯に致命的な打撃を加える前に、力を逃がすために冠の軽度の「かけ」、あるいは穏やかな「摩耗」が起きる方がまだましではないか、とする発想があるのでしょう。

 

しかしながら、こういった懸念を裏付けるエビデンスは今のところありません。数年前、このことがすごく気になり、硬すぎる歯冠修復物が歯根を破壊する可能性を示す文献を探しましたが、結局見当たりませんでした。一般に、歯冠修復物が歯根を破壊する原因として、歯冠の素材以外に、生活歯か失活歯か、コアが入っているのかいないのか、そのコアはメタルコアなのかファイバーポストなのか、コアの形態は歯を割るような応力の集中が起こりやすい形態か否か、マージン部にフェルールが存在したか否か、ブラキサ―か否か、などなど多くの要因があります。あまりに多くありすぎて、歯冠修復物の素材の硬さ以外がすべて同じ条件で比較することなど不可能なので、歯冠修復物の硬さと歯根破折との相関性を証明する疫学的調査は出ないのだろうと思います。

したがって、硬いジルコニア冠を乗せると、長期的に歯根が疲弊し、最後に歯根破折を起こすというような懸念はエビデンスがなく、都市伝説の類であろうと思われます。また、懸念の声が聞かれる一方で「完璧に咬合調整が行われるならば、歯冠修復物が硬いからといって、歯根破折を起こすことはない」と言い切る臨床家もいます。

 

歯根破折の発生率と破折をきたす歯が乗せていた歯冠修復物の素材の種類との関係は不明です。