咬合の基礎からデジタルソリューションまで ~CT情報から適正な下顎位を導く咬合理論~

今日は平成31年4月30日。現在の時刻は、午後9時20分。間もなく平成が終わろうとしているのだが、急いで平成最後のブログを書こうと思う。

 

先日(4月21日)、和田精密歯研(株)主催の「咬合の基礎からデジタルソリュ―ションまで~CT情報から適正な下顎位を導く咬合理論~」というセミナーを受講してきた。講師は京都市でご開業で、顎咬合学会認定医の杉本 敬弘先生。“咬合理論(こうごうりろん)”という一般的にはわかりにくいとされている補綴学(ほてつがく)の一分野を、顎口腔のCT画像のデジタルデータとそれを三次元画像に表現するデジタル技術を用いて、大変わかりやすく説かれた良いセミナーだった。どういう点が良かったのか、を記憶が新しいうちに以下に書きとどめておこう。

 

先ず良かった点の一番目だが、わかりやすかったことだ。というのは、僕が以前から感じていたことなのだが、咬合理論はわかりにくく、スッキリとしない。なぜかというと、その理由のひとつに学問の基礎である学術用語の定義が、咬合理論においては時代によってころころ変わることがある。たとえば、“中心位(ちゅうしんい)”という用語があるのだが、これは患者さんに補綴(ほてつ)治療(クラウンやブリッジ、義歯を作製する治療)を行う際、患者さんの関節頭(かんせつとう)(=下顎骨の関節突起の頭の部分)が関節窩(かんせつか=下顎頭を受け入れる頭蓋骨底面のくぼみ)に対して三次元的にどの位置にあるべきかを規定する極めて重要な用語だ。にもかかわらず、その定義が時代によってどんどん変わったりするのでスッキリしない。たとえば、中心位の最初の定義は、“関節頭が関節窩の最後方に位置する”であったものが、次に“やや後上方”に変わり、やがて“最上方”となり、さらにそれも変わってつい最近まで“前上方”と定義されていた。臨床的に極めて重要な概念の定義が、かくもころころ時代とともに変遷しているわけだが、実際の臨床の現場ではその用語の定義の変化がそれほど大きな混乱を起こしているわけではない。ということは、厳密な中心位の定義がなくても、臨床家はそれぞれの感覚でなんとか補綴治療を“やっていけている”ということであり、臨床家は学問としての咬合理論をそれほど頼りにしておらず、それぞれが信じる臨床感覚に基づいて治療している、ということに他ならない。臨床技術の支えとならない咬合理論とは、はたして真の学問といえるのだろうかと、かねがね疑問に思っていたところが僕にはある。ところが、その点は講師の杉元先生も同様の感覚をもっていたそうで、先ずそこのところに共感を感じた。

咬合理論がすっきりしない二番目の理由は、理解しづらさにある。扱っている対象が三次元的な下顎運動なので、それを言語から、あるいは教科書の図から、頭の中で下顎が三次元的に運動している様子を想像するのは疲れるのだ。ところが、今回のセミナーは理解しやすかった。その理由として、あくまでも学術用語の使用は正確性を心がけながらも、用語の定義よりも本質的に重要なことは下顎骨が頭蓋に対して生理的に機能するためにはこういう感じで位置し、こういう風に運動すればよいということを示すのに直観的、実利的なアプローチを用いておられたからだ。つまり、現在一般的に支持されている咬合理論の本質とはこのようなこと、ということをビジュアルで、しかも三次元的なアニメーションを用いて説明していたことがよかったのだ。アニメーションの威力は大きい。特に、咬合理論のような空間的な運動を表現するにはアニメーションは圧倒的に力を持つと思う。よって、当日紹介された動画の一部を本ブログに貼っておく、といいたいところだが、著作権の問題もあるので静止画にしておく。リアルな下顎の咀嚼運動がアニメーションで表現されていると想像して欲しい。

 

次に、良かった点の二番目として、CTから得られるデジタル情報を下顎位の決定に応用するデジタルツールを紹介していたことだ。下顎位の決定とは、簡単に言うと“関節窩における正しい関節頭の位置ならびに上下歯列の咬み合わせを決めること”だ。1本や2本の少数歯の補綴なら顎位の決定は不要だ。顎関節に障害がない限り、顎関節が正常に機能しているのだから今の関節頭や咬み合わせを変える必要がないのだ。しかし、無歯顎(むしがく)や歯周病で多くの歯が無くなったりグラグラしたりの状態では下顎位の決定は容易でない。なぜなら、このような咬合崩壊に陥った状態は、顎関節にも異常が起っていることが多いからだ。

実は、上下の歯を咬み合わせた時、下顎の位置は、前方は歯によって、後方は顎関節によって、安定するという事実がある。そして、機能的に正常な下顎運動(簡単に言うと口の開け閉めや咀嚼の動き)と咬合は、上下の歯を接触させたときの正常な対向関係と正常な顎関節によって維持されている。したがって、重度歯周病になって上手く咬めなくなっているような場合は、本来の顎位を失っているので、上下歯列の正しい接触関係(=咬合)だけでなく、正しい顎関節の状態(=関節窩に対する正しい関節頭の位置)を回復させないといけないのだ。特にインプラントだけで咬合を再構成しないといけない場合は、総義歯の場合とは比較できないほど、厳密な顎位決定に留意しなければならない。そして、これは相当に難しい。従来だと、平面的な顎関節X線規格写真で関節窩と関節頭の位置を撮影し、もしも下顎頭が関節窩の中で偏位していたら、その偏位の度合いをアナログ的に計測し、咬合器と呼ばれる機械に上下歯列模型をセットして、関節頭が本来の位置に戻るように想定して調節された咬合器上でプロビジョナル冠(仮の歯)をつくり、それを口腔に戻してはたして適正な下顎頭の位置に戻っているかを判断し、不十分ならプロビジョナル冠を調整しながら試行錯誤的に顎位を模索していかなければならないだろう。大変な手間なのだ。

 

ここまで書いてきて、なんか小難しいこと書いてんな、という気がしてきた。熱が入った。すまない、みんな—–。咬合の話というのは、正確を期そうとすると子難しい言い回しになるな。そろそろ、この辺でまとめよう。

 

以上のように補綴における咬合理論は、ケースによっては極めて重要であり、キーとなる用語の意味が時代と共に変遷しようが、咬合の真実を追求し続ける学問である咬合理論はやはり重要だ。相当ややこしい領域を、その重要性を正しく認識して自身の責務とし、臨床に役立つ新しいツールを世に広めようとする杉元先生はやはり偉いと思った。

最後に総括として、今回のセミナーを聴いて思ったことを書く。デジタル時代の到来によって、CTデータと上下の歯の咬み合わせおよび顎関節における下顎頭の位置を三次元的に調和させるソフトウエアが身近なものとなり、これまでのアナログ時代の手法よりも咬合を再構成するような大きな補綴治療は間違いなくやり易くなるだろう。そして、このようなデジタルツールは、わかりにくかった咬合理論をわれわれ臨床家のみならず、患者さんにとっても理解しやすい身近なものにしてくれそうだ。そんな時代のデンティストリーは、今以上に国民に支持され楽しいものになるだろう。

クイーン現象

このところ、1980年代から90年代にかけて活躍した世界的に有名なロックバンド“クイーン”の音楽をよく聞いている。理由は、3月にオーストラリア旅行をした際、飛行機の中で見た映画“ボヘミアン・ラプソディー”だ。これを見てクイーンにはまった。“ボヘミアン・ラプソディー”はクイーンのボーカリスト、フレディー・マーキュリーの波乱の人生を描く伝記映画だ。そして、これはネットで知ったのだが、クイーンを知らない若い世代が、やはり、“ボヘミアン・ラプソディー”を見てクイーンの音楽を聞き始め、今やちょっとした“クイーン”の再ブームが起っているらしい。

 

実は、僕もクイーンの音楽はそれほど聞いてきたわけではない。有名な“We will rock you”や“We are the champions”くらいは知っていたが、メロディーとハーモニーが美しく、元気が出る音楽だなあと思っていた程度だった。ところが、映画を見て僕は感動した。そして、ぐぐっとフレディー・マーキュリーとクイーンへの興味が沸き起こった。こういった音楽を作った人間達の、その生活や人間性を知ることで、彼らの音楽自体への興味が倍加したのだ。

 

映画では、フレディーという人間の個性が強烈でかつ複雑であったことが描かれている。フレディーが他のメンバーと初めて出会うエピソードや、成功を収めて以降、仲間との確執から一時、メンバーとの演奏活動を中断してソロ活動に転じてしまうエピソード、そして、和解してバンドとして演奏活動再開後、わずかの期間であの感動的な1985年のロンドン・ウエンブリ―・スタジアムで開催された伝説のアフリカ難民救済チャリティーコンサート“ライブエイド”で見事なパフォーマンスを披露し、7万人以上の大観衆を熱狂させるシーンなどが描かれる。こういった、ごたごたしたいきさつがあっても、ステージに上がった途端、完璧なパフォーマンスを発揮できるフレディーや他のメンバーのプロフェッショナリズムと音楽への情熱が圧倒的な感動を生む。

 

と、同時に、決して完全ではない人間であったこともわかる。音楽を創造する神がかった能力を除けばただの人間、という面も描かれているところが我々凡人に親近感を起こさせるのだ。たとえば、映画を見るまではフレディーが、インド系移民の息子で、出っ歯で、両性愛者だということを知らなかった。思いあがってソロとして活動するが、創造の壁にぶつかって酒におぼれながら苦悩して作曲を続けていたことも知らなかった。

映画を見てから、you tubeやCD でいろいろなクイーンの音楽を聞いたが、間違いなく彼らは天才だと思う。なかでもフレディー・マーキュリーのボーカリストとしてだけでなく、作曲家、音楽創作家、パフォーマーとして並外れた圧倒的なエネルギーと創造性には感動する。決して単調でなく、転調を繰り返すも美しいメロディーライン、乗りやすいリズム、複雑なコード展開と華麗なハーモニー、決してマンネリにならない新しい音楽の創造の継続的努力、それはオペラとの融合など従来のロックとは一線を画す独創的音楽性に見られるようにあらゆる音楽を自らに取り込もうとする弾力性、柔軟性、そういったものをクイーンの音楽から感じる。そして元気が出る。それは全身全霊を音楽の創造に捧げている魂のエネルギーが伝わるからだ。

 

僕の中の“クイーン現象”とは、自分のエネルギーを何かの対象にコミットさせている人間に対する敬意から発生していると思う。フレディー自身の晩年のインタビューにおける下記のコメントは僕の魂を揺さぶる。

 

“I’m just a musical prostitute, my dear 俺は単なる音楽の娼婦なんだ。”

 

フレディーのセクシュアリティーは微妙なだけに“娼婦”という言葉にはドキッとするが、この言葉の意味は、僕としては、“音楽の垣根にとらわれずにどんなジャンルの音楽にも音楽創造の素材やヒントがあるので、柔軟な心であらゆるジャンルの音楽に心を開き、耳を傾け、探求の対象としたい”、という意味に受け取りたい。

 

そういう意味ならば、ぼくも彼のような生き方を望む。そして、この僕も晩年には彼を真似て、ちょっと気取った以下のごときコメントを残してこの世を去りたいものだ。

 

“I’m just a dental prostitute, my dear 僕は単なる歯学の娼婦なんだ。”

 

中山意訳:”歯学は、本来、人を元気にするという意味では限りなく魅力的で、探求する価値がある医療分野なんだ。疾病や未病を真の健康へと導き、人々にパワフルで、ハッピーな人生を送り届けられるんだ。だけど、今のところ、まだ世間からその辺を十分理解してもらえていない。だから、僕は従来の歯だけを見る歯学でなく、西洋医学や東洋医学、代替医学まで視野に入れて、歯学を発展させる可能性のあるあらゆる分野と歯学とを融合させ、多くの人々に支持される新しい歯学の創造に身と心を捧げるのさ”の意。

 

 

筋トレが最強のソリューションである

今年の正月に「筋トレが最強のソリューションである」という本を読んだ。表紙の裏には「世の中の99%の問題は筋トレとプロテインで解決します。」というキャッチコピーがついている。ちょっと笑えるが気に入った。内容は、要するに、少々メンタルがへこんでも筋トレさえすれば、”心配いらない。イッツオーケー、すべてが上手くいく!”という内容だ。具体的には、筋トレすれば筋肉がつくのは無論だが、メンタル面でのポジティブな効果は計り知れない。世界征服でもしてみようかという根拠のない全能感や圧倒的自信、メンタルタフネスの向上につながり、俺の人生どこまでも右肩上がりでいけるんじゃねえの?という感覚に浸れる、といったような筋トレの効用を説いた本だ。

基本的に同感だ。メンタルが弱った時には、いろいろ考え込むより睡眠をしっかりとって、筋トレして気分を高揚させてから思考を再開させた方が良い結果に繋がりやすいと経験でいえる。

それに筋トレすると、筋肉だけでなく、メンタルな能力もまだまだこれからも右肩上がりに発達させられそうな気になってくる。ひょっとするとエイジングがストップし、いつもでも現在の若さのままでいられるような気になる。

話は変わるが、超高齢社会に突入した我が国の問題は多く、憂鬱な気分が取り巻いているが、その根底には、高齢化→老化→気力と体力の無力化→非生産的存在→社会のお荷物の増加→国家の衰退、という図式が存在しているように思う。しかし、こういった固定観念は既存の常識にとらわれ過ぎていると思うのだ。国民の脳力と体力はこれまでの過去と同じ程度にある年齢をピークに下り坂になり、最後は死という終焉に向かう、という既存の常識にだ。

しかし、違うのだ。たとえ、超高齢社会になろうとも、今後はこれまでの老人とは異質の新老人が出現すると予想できる。なぜなら、超情報化社会だからだ。健康情報はネットに溢れている。健康でいたいと思う意欲さえあれば、長く健康長寿でいられる情報が容易に手に入るのだ。健康は情報で手に入るのである。健康リテラシ―に長けている人は、若いうちから生活習慣をコントロールできるからアルツハイマーにもならない。やたらと元気な老人が、社会のそこかしこで現役で活躍している社会がやって来る。

今回の、「筋トレが最強のソリューションである」も長く健康でいるための一つの情報である。実践する、しないは別として、もし実践する人が多数を占めれば、そのような超高齢社会はすごく愉快な社会だろう。そして、そんな社会はすぐそこまで来ている。

 

Botoxはブラキシズムを伴う顎関節症に有効らしい(2)

 再びテーマはBotoxだ。Botoxは筋の過剰緊張を抑制することがわかっている。その作用原理は神経終末と筋肉との接合部において神経終末から分泌されるアセチルコリンの放出の抑制だ。1970年代後半から顔面のしわとり(筋肉の過剰運動がシワの原因の場合)に応用されて以来、主に医科において頭頸部に限らず全身の筋肉の過剰緊張の抑制に応用されてきた。しかし、ブラキシズムにおける咬筋や側頭筋といった咀嚼筋群の過剰緊張に対するBotoxの効果に関する歯科領域からの報告は意外に少なかったのだが、最近、2つの論文でその報告がなされている(1、2)。

 いずれの報告においても、咬筋内へのボツリヌス毒素の注入は、咬筋の過剰緊張に伴う筋膜痛の軽減と咬筋の収縮力の軽減を明らかに認めたとしている。

 最後に、ブラキシズムを伴う顎関節症に対するBotoxの効果に関する中山の意見を述べておこう。論文で見る限り、たしかに、Botoxは咬筋や側頭筋の過剰緊張に有効のようだ。ブラキシズムは無意識にこれらの筋肉の過剰緊張を引き起こす現象だから、ブラキシズムを伴う顎関節症にはある程度有効かもしれない。ただ、顎関節症の真の原因が不明である現在、Botoxはスプリント療法や社会心理療法、薬物療法などの伝統的な治療法にとって代わる第一選択にはなり得ないだろう。

 というのはブラキシズムの原因はいまだに明らかになっておらず、顎関節症の原因の相当の部分にブラキシズムが関与しているらしいことが推察されている現在、顎関節症の真の治療はブラキシズムの制御になるはずで、この点で、Botoxは一時的に筋緊張を軽減する対症療法にとどまる。また、Botoxの顎関節症に対する効果発現に2~3カ月必要である事実は、筋の緊張を取り除くだけで顎関節症が一気に治癒するものでないことを示唆している。一般に、Botoxをしわ取りなどに用いた場合、その効果発現は2~3日から1週間程度で現れるとされているのに対し、顎関節症の場合には2~3か月必要である事実は何を物語るのだろう。もしかすると、顎関節症におけるBotoxの効果は、美容外科におけるシワ取りのように単純に筋肉の弛緩だけによるものでない可能性があるかもしれない。というのは、他の多くの慢性疼痛を伴う疾患(腰痛などはその典型)と同様、顎関節症の痛みは「痛みの中枢化centralization」が関与していることがわかってきているからだ。痛みの中枢化とは簡単に言えば、”局所から痛みの原因が消えているのに、中枢神経に痛みの記憶が残っていて頑固に痛みを感じ続ける状態”のことで、顎関節症のあるタイプのものはこういったメカニズムが関与していると考えられている。ブラキシズムは心理的ストレスと密接に関連していることが明らかである現在、ほとんどの顎関節症に心理的ストレスが関与していることは想像に難くない。したがって、Botoxの適応は、現在の顎関節症の病態に患者の心理状態がどの程度関与しているか判断したうえでの慎重な適応が必要だろう。

参考文献

1)Zhang LDLiu QZou DRYu LF. Occlusal force characteristics of masseteric muscles after intramuscular injection of botulinum toxin A(BTX – A)for treatment of temporomandibular disorder. Br J Oral Maxillofac Surg. 2016 Sep;54(7):736-40. doi: 10.1016/j.bjoms.2016.04.008. Epub 2016 Apr 29.

2)Jadhao VA, Lokhande N, Habbu SG, Sewane S, Dongare S, Goyal N.Efficacy of botulinum toxin in treating myofascial pain and occlusal force characteristics of masticatory muscles in bruxism. Indian J Dent Res. 2017 Sep-Oct;28(5):493-497. doi: 10.4103/ijdr.IJDR_125_17.

Botoxはブラキシズムを伴う顎関節症に有効らしい

 あるきっかけで、咬筋や側頭筋へのボトックス(Botox)注射がブラキシズム(Bruxism)を伴う顎関節症(TMD)に有効かどうかを調べてみた。

 これまで自分の中で、ボトックスは美容外科で用いられるという先入観があったのだが、調べてみると1990年代後半からTMDの治療に使われていたらしい。とはいえ、この治療法は現在でもTMDの一連の正統な治療法とはみなされておらず、従来的治療法が無効なケースに適応を試みるべき新しい治療法として位置づけられている。その有効性については肯定的なものと否定的なものに議論が分かれており、現在も検証段階にあるといえる。

 ところで、最近になって、ボトックスの顎関節症に対する有効性は、一概に「顎関節症」という疾患名でひとくくりにするべきでなく、顎関節症といっても色々なサブタイプがあるので、それぞれのサブタイプ毎に有効性を論じるべきだという意見が出て来ている。今回はそういったひとつの論文を紹介する。

 以下はその概要。

・今回、TMDの診断基準を満たす71人のアメリカ合衆国退役軍人を調査対象とした。

・彼らに対して1回のみ咬筋および側頭筋内にBotox注射を行った。そして、その後、5週間目と10週間目に経過観察した。その有効性の評価方法は自己申告に基づく「有効」/「無効」のアンケート調査であり、71人中55人が「有効」(77%)と回答した。

・Botox注射実施後5週間では効果は明確ではなかったが、実施後10週間でその有効性が確認された。

・TMDをサブタイプに分類した。すなわち、ストレスが関連する何らかの精神障害を伴う/伴わない、また咬筋および側頭筋などの咀嚼筋障害を起こしている/いない、さらにburuxismを伴う/伴わない、といった観点からいくつかのサブタイプに分類し、それぞれのサブタイプ別にBotoxの効果を判定した。

・結論として、Botoxは、Bruxism、咀嚼筋障害、およびストレスが関連する何らかの精神障害を伴うタイプのTMDに対して有効だった。

参考文献 1:

Int J Oral Maxillofac Surg. 2017 Mar;46(3):322-327. doi: 10.1016/j.ijom.2016.11.004. Epub 2016 Nov 28.

Clinical outcomes of Botox injections for chronic temporomandibular disorders: do we understand how Botox works on muscle, pain, and the brain?

Connelly STMyung JGupta RTartaglia GMGizdulich AYang JSilva R.

大晦日の夜、今年一年を振り返る

 もう数時間で今年も終わりだ。実に忙しい年だった。多くの複合的事情により、スタッフ全員がほぼ同時期に退職したため、4月から花ノ宮の診療所を休診にした。そして、活動拠点を香西の浮田歯科医院に移し、あたらしいスタッフを集め、半年間で彼らを教育し、10月から新体制で歯科医院を再スタートさせたわけだから忙しくて当然なのだ。忙しいだけでなく、生涯忘れることのない有意義な一年でもあった。実に多くの収穫があったといえる。

 一年の締めくくりとして、何を教訓として得たのかを以下にまとめてみたい。

 まず一番目に、良い組織とは何なのかというテーマについて自分なりに答えを見つけた。何のために組織が必要かというと、それは組織の運営者である自分が実行したいことを実現させるためだ。目標達成は一人では実現できないから組織が要る。だから、よい組織とは、その構成員が組織が存在する目的をよく理解し、運営者に共感し、良いパフォーマンスを出せるために切磋琢磨の努力を惜しまないような組織、そして運営者は従業員が良い環境で働けるように最大限の支援を惜しまないような組織、それが良い組織だと思う。したがって、良い組織づくりの基本は、何のためにその組織を作ったかという理念がやはり大切だ。当院の理念は「口腔の健康から全身の健康に貢献する」ことだが、きれいごとぬきで、自分の本当にやりたいことは、「人が元気になるお手伝いをすること」、「人を雇用し生活を保障すること」、「税金を納めて社会貢献すること」だ。だから、最も組織作りで重要なポイントを身をもって学んだ。それは自分がやりたいことを説き、それに共感を持ってくれる人を採用することだ。要は採用時にしっかり面接し、運営者にとって良い人財を採用すること、それが最もよい組織作りに重要であることを学んだ。何のために人を必要とするのか、どのような人が必要なのかをしっかりと説明し、協力してもらえそうな人を採ることだ。逆に言えば、やりたいことが不明で、何のために組織を作ろうとしているのか不明な起業者に良い人材は集まらないということだ。昔観た古い外国映画で「荒野の七人」というのがあったが、ユル‣ブリンナー扮するリーダーが貧しい村の民を盗賊から守るために見どころのある人材を一人づつスカウトし、見事に良い職人集団を構成して村を盗賊から守ることに成功するというストーリーだった(これ黒澤明監督の「七人の侍」のリメイクです)。組織のリーダーの仕事の一つはユル・ブリンナーのように見どころのある人材をスカウトすることだ。

 二番目は、自分を支えてくれる従業員への感謝の気持ちを持つこと。そして感謝の気持ちは表現しなければ伝わらない。それは、耳にここちよい「ありがとうね」などという言葉だけではない。相手に関心を持ち、常に気遣うことだ。あるいは時に厳しく指導し、人として、職業人として成長させてあげることだ。つまり教師のような愛情をもって従業員と関わること、それが組織の運営者にとって必要なことを学んだ。経営者ではなく、教育者としてだ。先ず相手を理解しようとすること、そして相手の成長を支えてあげること。そうしなければ院長の本当のハートの部分は理解してもらえない。

 三番目はリーダーの資質について考えられた。良いリーダーはスーパーマンである必要はないが、よい人格を持っている必要がある。良い組織では、なぜ多くの従業員が会社が窮地に陥っても社長を支え続けるのか?最近のTBS SPドラマ「リーダーズ」のアイチ自動車創業者 愛知佐一郎や、本年10月~12月まで放映された「陸王」の宮沢社長は共に仕事にかける熱い情熱と社員を守る強い責任感を併せ持つという高い人格を持っている。高い人格といっても聖人のような特別な人ではなく、普通の人でよいのだが、人として立派な面を持っていることが大切だ。

 四番目は、これはあたりまえのことだが、一人のパフォーマーとしてその夢を実現できるだけの力量を持っていること。いくら人柄が良くても能力が伴わなければ尊敬されない。一人のパフォーマーとしての能力を高める努力を惜しまないこと。

 以上のことをこの一年で学んだ。まとめると、事業で成功するためには、良い人財を集めること、専門領域のエキスパートであること、同時に教育者であること、そして人として立派であること。これらが大切だ。これらが備われば事業者として成功する。来年はよい年になりそうな気がする。

 

再開準備の日々

 10月5日の自院での診療再開に向けて準備の日々を過ごしている。ユニットの作動試験を手始めに、必要な物品と不必要な物品の分別、そして必要な物品の新しい配置場所の決定、不足している物品の発注などはベーシックな準備活動だが、そのあたりからやり始めた。

 ところで、リニューアルで何が変わるのかというと、CTやマイクロスコープ、セレックなどの高額医療機器の導入などのハードではない。ソフトだ。先ず人員の刷新。スタッフは全員25歳以下で自分以外は超若い。みんな経験はないが、よい素質を持っているので、育てる楽しみが満ち溢れている。良いチームを作りたい。次に、診療の内容。つまりシステムだ。これまで以上にカウンセリング重視の方針でいく。全初診患者に必要な口腔内診査後、カウンセリングを行っていく。これまで以上に、齲蝕と歯周病の予防をベースとした診療スタイルを前面に打ち出していきたい。自分自身もDHといっしょにスケーリングやSRPを行う予定だ。インプラント・ペリオ重視の治療から、インプラントは当然今後もやっていくが、予防重視の下でペリオも、エンドも、義歯も、ブリッジも、セラミッククラウンも、コンポジットレジン充填も、みな均等に、総合的に治療していきたい。また、カルテコンなどはこれまで机上において椅子に座ってのんびり入力していたが、今回からは立って入力するようなレイアウトにした。機動的に動き回るためだ。新規導入した機器はあまりないが、しいていえば位相差顕微鏡。齲蝕や歯周病は細菌の感染症であることは常識ではあっても、細菌の脅威を実感している患者さんは多くない。だからビジュアルに訴えることにした。

 というわけで、毎日、新しいスタッフと一緒に、ワクワクしながら新しい日々を迎える準備をしている。

2017101175620.JPG

 写真は、一人で撮影する口腔内写真を相互に練習しているところ。

研修最終日

 今日で妻の浮田歯科での研修が終わった。4月以来、新しいスタッフと研修を続けてきたわけだが、成果は大いに上がった。まず、中山歯科クリニックの院長である自分にとっては、自分のやり方ではない方法で良い結果を出せることが目の当たりにみれたことがよかった。懇切丁寧だけでなく、そこに患者に対する愛情とスピードが加わった診療を体感することが出来たのは幸いだ。想像だが、「高速診療」で有名な熊本の東先生の診療スタイルに似ているのだろうと勝手に思っている。今後、自分の診療は、よく考え、丁寧に、そして速くやる診療にシフトしていくだろう。

 また、スタッフにとっても大いに有意義な研修であったと思う。半年間ではあったが、未経験者がここまで出来るようになったかと驚くレベルに達している。みんなよく頑張った。最後の終礼の後、浮田のスタッフも中山のスタッフも、涙を浮かべていたのは印象的だ。中山歯科クリニックの院長である自分にとっても、我がスタッフにとっても、とても素晴らしい、貴重な経験が出来たこと、本当に感謝している。

 さあ、来月からは自院に帰って大いに頑張ろう!

20179273252.JPG

トレーニング・デイ

 

201711402427.jpg

浮田歯科医院でのトレーニングの日々も終わりに近づいている。浮田歯科医院でも中山歯科クリニックの患者さんを見させていただいた。浮田歯科医院は中山歯科クリニックから5~6キロ程距離があり、自院に通っていただくよりも距離的に遠くなるにもかかわらず、通っていただけた患者さんが多くいらっしゃったことは本当にありがたかった。その多くはメンテナンスの患者さんだが、ここにきて気づいたことは、当院のメンテナンス患者さんの多くはインプラントが入っていることだった。よくこれだけインプラントを打ってきたものだと感慨深かった。

 

201711402846.jpg

当院にきちんとメンテナンスに通って来られていたインプラントの患者さんは全員予後良好だった。全員だ。なぜかというと、きちんとメンテナンスに通っていただく限り、経過を見ることが出来るからだ。もちろん、インプラントを打った患者さんのうち、たまにインプラント周囲炎に陥ることがある。その場合でもメンテナンスに通っていただけていれば、かならずリカバリーできるのだ。なぜなら、インプラント周囲炎オペを行うからだ。インプラント周囲炎オペを行えば、インプラント周囲炎の進行は抑えられる。だから、メンテナンスに通っていただける限りは、全員、予後が良いのだ。

 口腔内写真は上段のX線写真の実際の口腔内。

 

201711402645.jpg

インプラントは良いものだとは思うが、押し売りまがいの無理矢理すすめるインプラント治療はしたくないと思っているうちに、いつの間にかインプラント治療への情熱が少し冷めかけていたが、ここにきて再びインプラントへの情熱が沸いてき。きちんと管理されたインプラントは実に経過が良いことが確認できたからだ。

 

 

 

20171140287.jpg

自院を再開したら、再び歯周病とインプラントの治療に情熱を注ぎたい。自分は歯周病専門医であるとともに、インプラント認定医なのだから。その責任と誇りをもってインプラントが本当に必要な患者さんのインプラント治療に、歯周病専門医の立場で全力で取り組みたい。そして、インプラントで咬める喜びを知って頂きたい。生きる喜びを感じて頂きたい。

 口腔内写真は上段のX線写真の実際の口腔内。

 

歯科臨床にスピードが必要なわけ

 歯科診療にスピードが必要な理由について、北九州市の著名な臨床歯科医である下川公一先生が、自著「歯科医院の発展とその心技体ー失敗と成功の我が経験則ー」のなかでいみじくも語っておられる。以下引用。

 『歯科治療は、とても深淵であり、いくら追求しても奥深いものだ。

 根管充填ひとつとっても、「ここまでやれば根尖病変が出来ない」という保証はどこにもなく、「もっときれいに充填しよう」などとこだわり続けていたら、いつまでたっても終わらなくなってしまう。

 クラウンのマージンも同様で、適合精度を際限なく追い求めていったら、1本の歯で1~2時間かかっても不思議はないだろう。研磨も然りである。

 そもそも、じっくりと時間をかけて最高の治療が出来るというのは当たり前の話であって、決して自慢にはならない。それでも採算がとれているという人がいたら、果たしてそこにどれだけの時間を費やしたのか聞いてみたい。

 一人の患者さんに時間をかけて丁寧な治療を施し、1日に数名を診たとする。しかし、それでは、いくら本人が細々と暮らすほどの収入があったとしても、採算が取れているとは言い難い。

 歯科医療の専門職である以上、最高の治療を提供する努力は必要だ。しかし、歯科医師の本当の腕の見せ所は、「治療をほどほどのところで切り上げながらも一定レベル以上の治療ができる」ということなのである。————

 ——– 同じ治療内容で比較してみよう。10分で治療を終える人と30分かかる人では、患者さんは速やかに終わる歯科医師を選択することは確実だ。また、経営視点でも速やかに終える方が効率的である。支台歯形成を例に考えても、最終的な形成のイメージが頭にあればそれに近い状態まで大きなバーで一気に削ればよく、そこまで時間をかける必要はない訳である。

 そのことが理解できる人と理解できない人では、相当な時間の差が生じている。しかも、この傾向が日常のあらゆる点において表れると、技術や治療結果が同様であっても、年間に換算した場合には1か月程の差は簡単に生じてくるのである。』引用ここまで。

 どちらかというと、自分もこだわるタイプなので、この意見には大いに耳を傾ける必要がある。提供するものが同じ結果なら、仕事は早い方が良い。

 浮田歯科における研修テーマのひとつはスピードだ。院長は診療が早いだけではない。日常のすべてが効率的なのだ。そして、彼女の診療室には、下記の文言が記された「羅漢さん心の日めぐり」(京都大原三千院で一緒に購入した)からの1ページが額縁に入れて大事に飾られている。

「仕事はやればいいというものではない。ていねいに、きれいに、そして速くやれ」

2017430135728.JPG

 

 参考文献:下川公一, 歯科医院の発展とその心技体ー失敗と成功の我が経験則ー,グレードル株式会社,東京, 2016.