歯周病と糖尿病(3)~歯周病はなぜ糖尿病に影響を及ぼすのか?~

 昨日、歯周病局所から放出される炎症性サイトカインが、血流に乗って多臓器に運ばれ、インスリン標的細胞のインスリンシグナルを阻害する分子メカニズムをシンプルに書いた。しかし、これはあまりにもシンプル過ぎる。当然のことではあるが、歯周病にしろ、糖尿病にしろ、疾患の病態が分子レベルで完全に解明されているわけでない。なぜ、「糖尿病が起るのか」という本質的疑問に対して分子レベルで解明するために、日夜、基礎研究が精力的に継続されている。したがって、正確にいうと、「現時点の糖尿病発症の分子機構に照らしあわせて歯周病が糖尿病に与える影響の分子機構を考慮するならば」と断るべきではあるが、歯周病が糖尿病の悪化因子として着目されるのには、もう少し深い道理がある。

 まず、インスリンがそのレセプタ―を介して、いかにGLUT4によるグルコースの細胞内取り込みをコントロールしているかについて説明しよう。

 先ず、インスリンのレセプターへの結合により、レセプターに内在するチロシンキナーゼが活性化され,自己リン酸化される。次に、そのリン酸化チロシンにインスリンレセプター基質1(IRS-1)が結合し,このIRS-1がチロシンリン酸化される。リン酸化されたIRS1はホスファチジルイノシトール(PI)-3-キナーゼ(PI-3kinase)に結合し活性化され、活性化されたPI-3キナーゼはさらにプロテインキナーゼB(PKB)を細胞膜に引き寄せを活性化する。この活性化されたPKBはグルコース輸送体4(GLUT4)を細胞膜に移動させグルコースを細胞内に取り込み、同時にグリコーゲンシンターゼキナーゼ3を不活化し,グリコーゲンシンターゼを活性化することにより肝臓でのグリコーゲン合成を促進する。かくして血糖値は下がる。文章化するとこんな具合だ。

 さて、一般的には肥満脂肪組織が多く産生していると考えられている炎症性サイトカインは、このインスリンシグナルのどこに関わって、結果としてインスリンシグナルを抑制するのか?

 最も支持されているメカニズムは、アディポカイン(脂肪細胞によって産生されるサイトカイン)によって活性化されたJNK(Jun N-Terminal kinase)がIRS1(insulin receptor substrate-1)等のインスリン受容体基質のセリンリン酸残基をリン酸化し、インスリン受容体によるチロシンリン酸化阻害するというものだ。また、IL-6,TNF-α,レジスチンなどのアディポカインや高インスリン血症によっても発現が誘導されるSOCS(Suppressor of cytokine signaling)がセリンリン酸化したIRS-1の分解に関与することが確認されている。

 すなわち、炎症性サイカインがインスリンシグナルを阻害しているポイントは、IRS-1ということになる。そして、炎症性サイトカインは、当然のことながら歯周病局所からだけでなく、メジャーな出所は脂肪組織だろう。要するに、糖尿病は慢性炎症と深いかかわりがあり、歯周病もその慢性炎症の一つである、ということだ。さらにいえば、糖尿病においてインスリン抵抗性が発生するのは炎症性サイトカインがそれを引き起こしている、という理解が重要だ。糖尿病の病態は炎症だ。だから、炎症の有様をモデュレートする「炎症性サイトカイン」は糖尿病をモデュレートするわけなのだ。

 というわけで、炎症性サイトカインの放出は脂肪組織の専売特許ではなく、歯周病を病んだ歯周組織からもボンボン出てまっせ、だから未治療の歯周病を野放しにしておくことは糖尿病にとってまずいんだ、という理解でよいだろう。

 参考文献:植木浩二郎. 慢性炎症の視点から見た2型糖尿病の成因. 糖尿病54(7):469-479.2011.