歯周炎は完治しない?

 21世紀の歯科医療の話をしよう。現在では、歯周炎に罹患した歯周組織を歯周基本治療や外科手術で臨床症状をとり除くことは十分可能だ。一旦良い状態に戻した後、PMTCを継続的に行うことで再発を防止することもかなりの高い確率で可能だ。では、PMTCさえ継続していれば絶対に歯周炎は再発しないのだろうか?残念ながら答えはノーだ。確率の問題だが、再発率を下げることはできても、ゼロには出来ない。

 このことは残念ではあるが、21世紀になって歯周炎の病因が明らかとなっている現時点では、そういわざるを得ない。

 その一番目の理由は、歯周病菌はしたたかな戦略を持ってしつこく生き延びる能力をもっているから。バイオフィルムという強固な粘着性の膜の下で、歯周病菌は互いに協力し合いながら生き延びるのである。バイオフィルムは細菌が自ら産生する菌体外多糖体で、非常に強固なバリアーとして細菌に味方する、いわば核から身を守るシェルターのようなものだ。このシェルターはドン食細胞や抗体は無論、抗生剤も、消毒剤も、通過できない。Red complexと呼ばれる強力な歯周病菌トリオ(Porphiromonas gingivalis, Treponema denticola, Tannerella forsythia)は、このバイオフィルムの庇護の下、ぬくぬくと生き続けるのだ。しかも、棲息に必要な栄養素や、遺伝情報は互いにシェアするという仲間同士の助け合い精神まで伴って!憎らしい奴らだ。

 その二番目の理由は、Porphiromonas gingivalisは、歯肉の細胞内にまで侵入する能力を持つことだ。歯周病菌は、歯周組織の上皮細胞、線維芽細胞、頬粘膜細胞からも検出され、さらに生きた菌の検出も報告されている。歯周病菌が細胞内に逃げ込む細菌側のメリットは、抗体やマクロファージからの攻撃から身をかわせること、適度な温度と水分、棲息に快適な嫌気的環境、およぼ宿主細胞から栄養を享受できることだ。実に嫌らしいではないか。こういった卑劣な手段を使って、歯周病菌は生体の攻撃から身を守り、生き続けるのである。ちなみに歯周病菌同士のコミュニティー外の一般細菌に対しては、これを排除したりまでする。

 このような理由により、現在の歯周病治療の手段では、歯周病菌を完全には駆逐できない。原因菌を駆逐できないと言うことは、歯周炎は完治できないということだ。つまり、再発の可能性を残すということ。では、このことをもって、歯科医学は無力と決めつけられるのだろうか?そうではないと思う。

 たとえば、最も一般的な感染症である”風邪”を引いたとして、風邪薬を飲んだり、生活面で養生したりして、症状がとれたとしよう。今回の風邪はこれで終息だ。治癒だ。しかし、だれも未来永劫に風邪を引かない体になったとは思わないだろう。一般の風邪の原因はウイルスだから、生涯獲得された免疫機構などはなく、体の外から再度ウイルスが体の中に入ってくれば、運悪く体調が悪ければ再び風邪をひく。しかし、これを医学の敗北とはいわないだろう。歯周炎もこれと似ている。原因菌は常在菌だからたえず歯周ポケット内部に潜んでいる。体調が悪かったり、たまたまプラークの量が普段より少々増えたりすると再発するのだ。だからと言って、歯周治療やメインテナンスが無力ではない。両者は臨床症状の発現を抑え込むことに大きく貢献している。疾患の再発率をゼロにできないからと言って、その治療を無力と決めつけることはできないと思うのだ。

 

参考文献:天野雄. 21世紀の科学でペリオを診る.Osaka Academy of Oral Implantology. 第29号. 13-18.(2014.4.1~2015.3.31)