脂肪病としてのメタボリック症候群

 歯周炎と全身疾患との関連性について、以下の7つの疾患は歯周病との強い関連性が疑われている(1)。すなわち、1)糖尿病、2)肥満・メタボリック症候群、3)アテローム性動脈硬化、4)周産期合併症、5)肺炎、6)腎臓病、7)関節リューマチ、だ。これらの疾患は炎症性の疾患と考えられている。つまり、炎症性サイトカインがこれらの疾患の病態に関連している。そして、炎症性サイトカインは、基本的に炎症を起こしている組織に発現するわけだが、その最大の産生組織は脂肪組織と思われ、脂肪組織由来の炎症性サイトカインが血行性に全身に運ばれ、上記の炎症性疾患の発症に関与している可能性がある。したがって、脂肪組織の上記疾患のリスク因子としての重要性を鑑み、今回は脂肪病としてのメタボリック症候群にフォーカスしたい。

 近年、心血管疾患と糖尿病は、肥満の先進国の主要な疾患および死因となっている。その原因の解明と危険因子の同定のために多くの調査が行われた結果、両者の危険因子が同一個人に集積する傾向があることが明らかとなった。そして、この危険因子の集積はメタボリック症候群と呼ばれるようになった。以下、文献(2)より引用。

「メタボリック症候群の主要な機序は、インシュリン抵抗性、腹部肥満、炎症と考えられ、他に、食事、喫煙、運動不足、加齢、社会経済的要因、ホルモン失調状態、環境汚染物質、などが考えられる。」

「1981年、Rudermanらは代謝的に肥満だが正常体重の人々が存在し、高インシュリン血症と脂肪細胞の肥大化が特徴であることを指摘し、1988年、Reavenはインシュリン抵抗性と高インシュリン血症、高中性脂肪血症、低HDL血症、高血圧が集積して糖尿病と心血管疾患にいたるとするsyndrome Xという概念を提唱した。翌年、Kaplanは腹部肥満、糖尿病、高血圧、高中性脂肪血症の集積を死の四重奏として提唱し、1991年、DeFronzoとFerranniniはsyndrome Xと同様の疑念をインシュリン抵抗性症候群と命名した。1994年、中村らは、皮下脂肪は内臓脂肪の病的作用に対して、むしろ、生体保護的に作用すると考えて、男性で内臓脂肪症候群なる概念を提唱し、1998年、Lamarcheらは男性で、高インシュリン血症、アポリポタンパクB高値、small dense LDLの組み合わせをatherogenic metabolic triadとして提唱した。1999年、WHOはインシュリン抵抗性症候群の診断基準を初めて定義し、メタボリック症候群と命名したが、ヨーロッパインシュリン抵抗性研究会(EGIR)はこれを改変して糖尿病を除外し、再びインシュリン抵抗性症候群と命名した。2000年、Lemieuxらは男性で、atherogenic metabolic triadの簡便診断として高中性脂肪ウエストの概念を提唱し、2001年、National Cholesterol  Education Program(NCEP)のExpert Panel on the Detection, Evaluation,and the Treatment of High Blood Cholesterol in Adult (ATPⅢ)は腹部肥満、高血糖、高血圧、高中性脂肪、低HDL の5つの診断項目中、3つを満たせばメタボリック症候群とする簡便な診断基準を発表して、これが世界的に普及した。しかし、NCEP診断基準はインシュリン抵抗性の直接的なマーカーを含まないため、2003年、アメリカ内分泌学会は耐糖能異常を含み、糖尿病は除外したインシュリン抵抗性症候群の主観的な診断基準を提唱した。2004年、Ridkerらは、高感度CRPが肥満とインシュリン抵抗性に強く関連しており、心血管疾患の危険因子としても確立したことから、高感度CRPをメタボリック症候群の診断項目に加えることを提唱した。2005年、国際糖尿病連合(IDF)は腹部肥満を必須項目とするメタボリック症候群の世界基準を提唱したが、アメリカ循環器学会(AHA)とアメリカ心臓肺血液研究所(NHLBI)はIDF診断基準よりもNCEP診断基準の方が良いという共同声明を発表し、アメリカ糖尿病学会(ADA)とヨーロッパ糖尿病学会(FASD)はこれまでのどの診断基準も症候群と称するに足る科学的根拠がないので、人々にメタボリック症候群というレッテルを貼ってはならないという共同声明を発表した。

「2002年、日本肥満学会(JASSO)はBMI 25kg/m2以上、内臓脂肪面積100cm2以上(男女無差別)、腹囲男性85㎝以上、女性90cm以上を「肥満病」と定義し、2005年、メタボリックシンドローム診断基準検討委員会はJASSOの提案した「内臓脂肪症候群」診断基準を日本のメタボリック症候群の診断基準とした。この診断基準の問題点を列記すれば以下のようである。- – – – – 」

引用ここまで。

 長々とメタボリック症候群の国際診断基準と日本の診断基準が決定されるまでの経緯を引用したが、メタボリックシンドロームの診断基準は海外と日本では異なるし、その診断基準の妥当性についてもいまだに議論の余地が残る状況であることを伝えたかった。要するに、肥満は多くの重大な疾患の発症に関与していることは間違いないが、どういう条件が整ったときに肥満と他の重大な疾患との関連性が正の相関にあるのか、という点で議論の余地があるようだ。たとえばインシュリン抵抗性にしても、明らかな肥満体形であるにもかかわらず糖尿病でない人はいるし、非肥満であるにもかかわらず糖尿病である人もいる。その一方で、炎症のマーカーである高感度CRPが肥満とインシュリン抵抗性に強く関連しているとの報告(2)があり、メタボリック症候群は炎症と強い関連性がある気配が濃厚となってきている。

 さて、いよいよ本稿の結論に入るが、グチャグチャややこしい状況であればあるほど本質をとらえることが重要になる。今回のメタボリック症候群のリサーチで自分がとらえた結論は、メタボリック症候群の本質は脂肪組織へのマクロファージの集積とそれに伴う炎症であるということだ。そして、全身脂肪量や内臓脂肪量は炎症の程度と関係せず、あくまでも脂肪の質が炎症と関連する、と捉えた。

(1)築山鉄平、宮本貴成.歯科医療のイノベーションを考える. the Quintessence.Vol.36 No.1.118-141.2017

(2)小田栄司.脂肪病としてのメタボリック症候群. 人間ドック23(1):7-15.2008