アルツハイマー病の分子病態

 アルツハイマー病(AD)は、老人性認知症の中でもとりわけ患者数が多いもので、2025年には患者数が325万人になると予想され、その予防と治療法の確立は超高齢社会に突入した我が国が切望するものである(1)。

 ADは、大脳を中心とする広汎な神経細胞脱落とともに、老人斑(senile plaque)と神経原線維変化(neurofibrillary change)の2種類の蓄積物の出現を特徴とする。その発症メカニズムは次第に明らかにされてきている。これまで、ADは、脳にアミロイドβというタンパク質がたまる現象が先行し、やがてタウタンパク質が糸くずのように集まり、脳の神経細胞が変性したり脱落したりして、脳が萎縮することがすでにわかっていた。さらに最近、アミロイドβの前駆体タンパク質APPが、γセクレターゼという酵素で分解されてできること、正常細胞が多く作るアミロイドβはアミノ酸が40個つながったものであるのに対し、AD患者の脳にたまったアミロイドβはアミノ酸が42個つながった(アミロイドβ42)ものであることが発見された。このアミロイドβ42は脳の中で固まりやすく、次に述べるタウタンパク質の蓄積を促すなど発症に重要な役割を果足すと考えられた(2)。さらに最近ではアミノ酸が43個つながったアミロイドβ43が見つかっており、アミロイドβ42を上回る神経毒性を持つことが分かってきた。出生時から生理的に産生されるアミロイドβ40やアミロイドβ42と違い、加齢依存的に産生されるアミロイドβ43がADのマーカーになる可能性が示唆されている(3)。

 さて、このようなアミロイドβはADの病理学的所見を特徴づける一つであるが、もう一つのADの病理を特徴づけるものがタウタンパク質である。そして、ADの脳においては、過剰にリン酸化されたタウタンパク質が多く存在することが分かっている。このタウタンパク質は自己重合した形で蓄積され、神経原線維の変性を引き起こしている。しかし、そのメカニズムの詳細は不明であり、このタウタンパク質の重合のメカニズムの解明は、病態を抑制する方法の開発につながると期待されている。

 

 

タウ蛋白質:神経軸索内に存在する分子量5万の微小管結合タンパク。微小管の重合を促進したり、安定化したりする。

参考文献:

(1)東京大学HP:http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/feature-stories/aiming-for-a-future-without-tangles/

(2)岩坪 威.アルツハイマー病の分子病態と根本治療.精神経誌.113.No.6. 2011.

(3)斎藤貴志.アミロイドβ43によるアルツハイマー病の病態発症・促進機構. 生化学.Vol.85.No.7. 543-552.2013.