歯周病は虚血性心疾患に影響するか?

 歯周病が、炎症を本質的な病態とする全身的疾患に影響を及ぼすことは、コンセンサスが得られている。そのロジックは、炎症という現象はメディエーターと呼ばれる分子の生化学反応の連鎖で発現するが、その炎症のメディエーター分子は部位に特異性はなく、どこの部位の炎症にも共通するもので、歯周病は炎症であり、重度の歯周炎は炎症のメディエーターを多量に産生するはずだから、それは血流に運ばれて口腔以外の他の部位の炎症の進展に影響を及ぼしうる、というものである。

 さて、歯周病は虚血性心疾患の発症と進行に影響を及ぼすか?という設問に対する答えであるが、現時点では、歯周病と虚血性心疾患の発症と進行との関連性についての十分なコンセンサスは得られていない。Bahekarらの2009年のメタ解析を行った論文では、歯周病は虚血性心疾患の発症率の上昇と関連すること(Relative Risk=1.14、95%CI;1.07~1.21)、歯周病患者において歯周病を有しないものと比較して、虚血性心疾患に罹患している者の割合が有意に高いこと(オッズ比=1.59、95%CI;1.33~1.91)が報告されている。

 また、本邦における大規模な調査がSenbaらによって行われているが、歯周病を有するものは、有しない者と比較して冠動脈性心疾患に罹患している割合が有意に高いこと(男性 オッズ比=1.51,95%CI;0.90~2.52, 女性 オッズ比=1.48、95%CI;0.95~2.32)が報告されている。

 その一方、米国心臓協会は1950年から2011年までに出版された両疾患の関連性を報告する約500本の論文を比較検討したシステマティックレビューを発表し、歯周病が虚血性心疾患の発症や進行に影響を及ぼす十分なエビデンスがないことを報告している。

 歯周病が短期的には全身の炎症状態と血管内皮細胞の機能に影響を与えることはコンセンサスが得られているので、理論上は歯周病が虚血性心疾患の発症に影響を与えてもおかしくはないのだが、米国心臓協会のシステマティックレビューの結論ではそうはなっておらず、残念だ。これは取り上げた論文の研究デザインの問題であり、今後の大規模な疫学研究の際には、歯周病の疾患定義の統一と、疫学研究における客観的臨床パラメーターの選定、標準化された治療プロトコールに基づいたさらなる介入研究が必要と考えられている。さらに、今後、長期的な観察研究が望まれる。

 

参考文献:

1 特定非営利活動法人 日本歯周病学会編. 歯周病と全身の健康..医歯薬出版. 東京. 2016.