ストレッチの効果~ストレッチは筋肥大を起こす~(3)

 骨格筋にストレッチ刺激が加わると、細胞外マトリックスに機械的刺激が伝わってくる。この力がインテグリンサブユニットを結びつけ、活性化することで、その下流のMAPキナーゼを介した情報伝達分子カスケードを活性化し、遺伝子発現していると考えられている。

 ストレッチの刺激により筋肥大が起るもう一つのメカニズムに成長因子の存在がある。成長ホルモンや成長因子は、一般的には血液を介して全身に作用すると考えられているが、筋肥大という現象においては全身ホルモンではなく、局所で産生される局所ホルモン(この場合は筋細胞自身や周辺に存在する細胞から分泌されるホルモン)の作用で局所の筋肥大が起る、と考えられている。

 骨格筋においては、インシュリン様成長因子(insulin-like growth factor;IGF), 線維芽細胞成長因子(fibroblast growth factor;FGF)が筋細胞の成長、肥大と密接な関連をもつと考えられている。機械的ストレッチは、IGFやFGFの分泌を促すことが報告されており、ストレッチ刺激でこれら成長因子の自己分泌(autocrine),傍分泌(paracrine)が起り、筋の成長、肥大が促されるのだ。

 これまで、自分はストレッチの意義がもうひとつわかっていなかった。例えばヨガなどで普段取らないようなポーズを取ることで、体幹の筋肉を鍛えると同時に大きなストレッチ効果が筋肉に加わっているはずだが、なぜそれが健康によいのかはっきり説明できなかった。筋肉を収縮させて発達させることは苦痛を伴うが、筋肉を伸ばすことは気持ちよい。気持ちはよいが、ストレッチの効果は、例えば関節可動域の増加とか、けがの防止とか程度で、科学的に筋肉にもたらす生体にとって有利な効果を説明できなかった。しかし、今回のリサーチで、ストレッチは筋トレ同様に、筋肉に発達効果をもたらすことがわかってうれしい。

 考えてみると、筋肉を収縮させることは、同時に近隣の筋肉を伸展させることでもある。人間の体はそういう構造になっている。ある筋肉を収縮させてトレーニングすることで、その筋肉の収縮は隣接する筋肉の伸展、つまりストレッチを行っていることに他ならないことに気付く。であるならば、ストレッチで筋肥大が起る減少は、筋収縮で筋肥大が起る現象となんら矛盾しないことがわかる。

 筋肉を伸ばす意義がはっきりわかってうれしい。しかも、ストレッチによる筋肥大は、従来効果がないと考えられていた自己収縮を伴わないもの、つまり第三者が体を引き伸ばしても筋肥大効果が出現するところが素晴らしい発見だ。これって、人の情けっていうか、弱っている人を第三者が助けることに絶大な意義があることを、はっきりとした科学的な根拠をもって示していることじゃん!自己訓練できる人はおおいにすべし。弱って自己訓練できなくなっている人は、専門家によるリハビリを大いに受けるべし。リハビリテーション医療の価値、そして人を愛することの価値を科学的に表現した文献に出会えてよかった。

参考文献:池田 聡、他. 分子生物学的観点から見たストレッチと筋肉増強. 総合リハ.30巻.11号.1065-1068.2002